疑惑の採点問題
もう、いい加減にしてほしい、という気分である。
五輪の度にフィギアで浮上する疑惑の採点問題。
記憶にある限り、何もなかったのはトリノくらいだ。
しかし、現行の採点システムで不正取引をするというようなことが、果たして可能なのだろうか。
ソルトレークシティまでの旧採点方式ならば、確かに一ヵ国のジャッジを買収すれば可能だった。
9人のジャッジが各選手に順位点をつける方式だったので、2人(2組)の選手の演技内容が拮抗していた場合、5:4または4:5の多数決になる。
とは言えあくまでも選手の演技内容が拮抗していた場合で、6:3または3:6の評定をひっくり返すことは一ヵ国の買収では不可能だ。
ところが、五輪ではトリノから採用された新採点方式では1人を買収してもその効果はほぼない。
以下、採点方法の説明は田村明子さんの著作『パーフェクトプログラム』と『銀盤の軌跡』(共に新潮社)からの受け売りである。
新採点方式では、技のレベル(4回転か3回転か、スピン・ステップのレベル)を判定する3人の技術スペシャリストと、GOEと演技構成点を判定する9人のジャッジがいる。
技術スペシャリストを1人買収して、勝たせたい選手が4回転を跳んだと主張しても、残りの2人が3回転だと主張すれば、多数決で3回転の認定になる。
9人のジャッジが採点した点数は、コンピュータが無作為に選んだ2名のジャッジの点数をカットし、更に最高と最低をカットした残る5人のジャッジが出した点数の平均が得点となる。
1人買収しただけでは、そのジャッジの出した点数はコンピュータによってカットされてしまうかもしれないし、極端に高い(低い)点数を出せばやはりカットされてしまう。
つまり半数以上=3/5の有利な点数を確実に得るためには、7人のジャッジを買収しなくてはならない。
ジャッジは、元スケーターがほとんどであるので、当然強豪国であればジャッジも多く輩出している。
9人のうち、1人か2人であれば自国にメダルの可能性が皆無のジャッジもいるかもしれない。
しかし、自国の選手のメダル獲得のチャンスを潰してまで、不正取引に加担するジャッジが7人もいるだろうか。
金妍児が転んでも高得点を出して優勝したB級大会ならまだしも、オリンピックや世界選手権では考えられない。
仮に韓国の連盟が金妍児を勝たせたいと思っても、メダル候補を抱える日本、ロシア、アメリカ、イタリアのジャッジは決して協力しないだろう。
また、仮に買収できたとしてもその相手が本当に不正をしたかどうか、確認する術はない。
どの国のジャッジがどの点をつけたかは非公開なので、買収されたジャッジが土壇場で良心に従って公平に採点したとしても、
「私のつけた点はコンピューターにカットされてしまった」
「ここで10点をつけてるのが私だよ」
と言えば、それが嘘だと証明することは不可能だ。
そんな不確実な取引をしてまで、不正をするリスクを冒すだろうか、という疑問がある。
また、ジャッジや技術スペシャリストは毎試合ごとにISUから監視され、特定の選手を贔屓したり、あからさまに高い(低い)点を出せば審判をクビになってしまう。
ジャッジにとってもかなりリスクの高い取引で、ジャッジ本人にはほぼメリットはないと思う。
ただ、いわゆるホームアドバンテージ、またはジャッジの心理的要因による多少のバイアスというものは確かに存在する。
例えば、自国の選手の演技には少々甘めの採点をすることはあるだろう。
最終滑走の選手が明らかに1位でノーミスの演技をすれば、気前よく高得点を出すだろう。(もちろん、順位が変わらないことが前提)
また開催国が強豪国の場合、観客の声援が選手の演技を助けたり、会場の盛り上がりがジャッジに多少の影響を与え、PCSで高得点を出すこともあるだろう。
また、あってはならないことだが欧米のジャッジには「フィギアは白人のスポーツ」という考えを持つ人もいないわけではないので、例えば今大会で金妍児と浅田真央が金メダル争いを繰り広げた場合、アジア人にメダルを独占されたくないと考えたジャッジが、少々欧米人に甘めの点をつけることもあるだろう。
しかしそれは全て“取引”ではなく、各ジャッジが個々に行っていることだと思う。
フィギアに詳しくない人や、五輪以外ではフィギアの記事なんて載せもしない一般紙が、確たる証拠もないのに安易にこの話題を取り上げるのは本当にやめてほしい。
何より選手が迷惑する。
不正を疑われた選手は、「偽りのメダル」と言われ、不正で負けたと言われた選手は、「それがなければ勝てたのか?」とモヤモヤすることになり、勝っても負けても幸せになれない。
また、今回取り沙汰されている取引内容、ロシアをペアと団体で1位にする代わりに、アイスダンスでアメリカに金メダルを……というものは、全て“何事もなければ”そうなるだろう、という金メダル最有力候補である。
ロシアのペアとアメリカのアイスダンスカップルは、共に世界ランク1位で、団体戦のロシアメンバーは金メダル候補を多数揃えている。
実力通りの演技をして獲得した金メダルが不正呼ばわりされては、選手もたまったものではないだろう。