Fleur de Noir

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『チーム・ブライアン』を読んで

「次は世界編を書きます」と書いたのですが、図書館の返却期限が迫っているので、先にこちらの記事を(^^;)

 

ブライアン・オーサー氏の『チーム・ブライアン』を読んだ。

荒川静香を金メダルに導き、高橋大輔安藤美姫を世界的なスケーターに育て上げたモロゾフ氏の本も以前読んだが、こういう、既に結果が出ている事実について、その裏側や知られざる出来事を書いた本は面白い。

チーム・ブライアン

チーム・ブライアン

 

今でこそ羽生結弦、そしてハビエル・フェルナンデスのコーチとして、その地位を不動のものにしたオーサー氏であるが、「コーチ ブライアン・オーサー」を世界規模で広めたのは、やはり金妍児のコーチをしていたことだろう。

羽生やハビエルについては既にあちこちのメディアで語られている内容だったこともあり、特に新しい発見はなかったが、金妍児に対する印象は私の中で少し変わった。

日本の多くのスケオタは、金妍児に対して複雑な感情を持っていると思う。

私自身、彼女に与えられてきたハイパーインフレ得点はさっぱり納得できないのだが、一方で恣意的な感情がかなり混ざっており、もはや彼女のスケートを正当に評価できる自信がない。

しかし、本書を読んで少しだけ彼女に同情した。

素直に、「可哀想だな」と思った。

 

金妍児が他の多くのスケーターと明らかに違うのは、「スケートが好きではない」ということ。

バンクーバーまでの期間、練習では毎日泣きながら滑っていたらしい。

オーサー氏の言葉を借りれば、金妍児はスケートが好きで滑っているのではなく、「ビジネスでスケートをやっている」のだと言う。

この表現にはひどく納得した。

あの無機質で能面のようなスケートは、“ビジネスで滑っている”からなのか、と。

しかしいくらビジネスで滑っていると割り切っても、全く面白くなく、苦痛でしかないのではあんまりだ、と考えたチーム・ブライアンは、なんとか彼女に“滑る喜び”を与えようとしたのだという。

そして彼女は、“氷上で自分とは全く違う女性を演じる”ということに楽しさを見出す。

今振り返っても、バンクーバー五輪のSPで滑った007は、やはり名プロだった。

彼女の妖艶な雰囲気によく合っていたし、あのプログラムを滑っている金妍児は確かに魅力的に見えた。

 

問題はバンクーバーで金を獲った後である。

ここからは私の推測だが、彼女はバンクーバーで金を獲ったことで、「これでようやく解放される」と思ったのではないか。

一番最初は興味があって始めたのかも知れない。

が、特に好きになれなかったスケートで才能を見出されてしまい、自分の意志は無視されたまま、どんどんスターへと祭り上げられていったのではないか。

タイミングよく浅田真央という同い年のライバルも出現し、昔から日韓戦となるとあらゆる競技でやたらと熱くなる韓国国民の熱狂ぶりを前に、辞めるに辞められなくなってしまったのではないか。

それでも彼女は周りの期待に応えようと必死に練習し、オーサー氏の戦略も功を奏して金メダルを獲る。

「これで終われる」と思っただろう。

なのに周りがそれを許してくれなかった。

オーサーは金妍児が引退すると思い、「これからのことはゆっくり考えればいい」と伝えていたらしい。

が、突然金妍児のお母さんと韓国のスケ連から、一方的に契約解除の旨を通達されたと書いてある。

金妍児にまだ現役を続けさせたかった韓国スケ連と彼女の母親にとって、オーサーの態度は生ぬるいと感じたのかも知れない。

 

バンクーバーの後、ハイパーインフレ得点に反比例するように、彼女の演技は“ただ滑っているだけ”にしか見えなくなった。

本人も「辞めたい、やめたい」と思いながら惰性で滑っていたのが、演技に表れていたのではないだろうか。 

そしてソチ五輪の後、それを裏付けるような出来事が起こった。

韓国世論を中心とした“疑惑の採点問題”である。

しかし韓国メディアやネット民の興奮をよそに、金妍児本人はどうでも良さそうだった。

彼女にとってはメダルの色よりも“終わったこと”の方が重要だったのだろう。

 

あまり好きになれないことには変わりないが、スケートの呪縛から解放された金妍児が、自分で選んだ人生を歩んでいければ良いと願っている。