Fleur de Noir

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私たちが高橋大輔を好きな理由

フィギアスケート男子シングルバンクーバーオリンピック銅メダリスト、高橋大輔が引退を表明した。

多くのスケーターやファン、フィギアスケート関係者たちが、「稀有なスケーター」「唯一無二の存在」と語るその理由について、私なりに思うところを述べたいと思う。

 

今回、記事のタイトルを敢えて“私たち”としたのには理由がある。

何故ならスケオタで、特にトリノ以前からフィギアを見続けてきた年季の入ったファンの中で、「高橋大輔が嫌い」という人は多分ほとんどいないと思うからである。

というのも彼は、日本男子フィギア界に初めて登場した“憧れられるスケーター”なのである。

 

私のフィギア観戦歴は約23年。

当時からフィギアスケートは弱い割には人気があった、と思う。

少なくとも日本で唯一毎年開催されるNHK杯の観客席は、いつも満員であった。

しかし、私たちの憧れのスケーターは、フィリップ・キャンデロロ(仏)であり、アレクセイ・ヤグディン(露)であり、エフゲニー・プルシェンコ(露)であり、他、ステファン・ランビエール(スイス)、ブライアン・ジュベール(仏)、ジェフリー・バトル(加)、ジョニー・ウィアー(米)……などなど。

そこに、日本人のスケーターが入ってくることは皆無と言って良かった。

もちろん、田村岳斗は一部のファンに絶大な人気があったし(しかし実力が伴ってなかった)、本田武史はかなりいいトコまでいったと思う。

それでも、競技会で黄色い声援が飛び交うのは常に海外の選手に対してだった。

 

そんな中登場した高橋大輔

彼は、海外のスケーターからも憧れられる日本で初めての男子スケーターとなった。

何よりその事実が嬉しいのである。

4年前、彼が初めてのオリンピックのメダルを日本男子フィギアにもたらした時は本当に嬉しかった。

トリノ荒川静香がメダルを獲った時も感慨深いものがあったが、女子は伊藤みどりが92年のアルベールビルで銀メダルを獲っていたし、世界選手権でも何人かの選手がメダリストになっていたので、「いつかは獲れるだろう」という気持ちがあった。

しかし、日本人男子がオリンピックでメダルを獲れる日が来るなんて、20年前は考えもしなかったのである。

 

彼のスケート人生の浮き沈みの激しさもまた、ファン心理をくすぐる要因かもしれない。

2007年に日本男子で当時最高位の世界選手権銀メダル。

翌年、日本人として初めての世界歴代最高得点を更新したと思ったら、世界選手権ではまさかの4位。

オリンピックの前シーズン、右膝の靱帯断裂という選手生命を左右する大怪我、復帰からの五輪銅メダル。

そこで辞めておけば良かった、という人もいるが、私はそうは思わない。

記録の上でも記憶の上でも、彼のスケート人生における三大プログラムを挙げるとしたら、「オペラ座の怪人」、「道」、そして最後の一つは2012年の世界選手権で2つ目の銀メダルを手にした「Blues for Klook」なのだから(あくまでも私見です)。

 

ソチ五輪、フィギアスケート男子シングルに際し、私たちは羽生に対して、「金メダルを獲れるのではないか」と“期待”していた。

けれど、高橋に対しては「金メダルを獲ってほしい」――それはもはや、期待というよりは“願い”であったと思う。

もちろん、高橋よりも羽生の方が圧倒的に金メダルに近いということは、ファンはみんな知っていた。

それでも、ほとんどのファンは高橋に最後のオリンピックで金メダルを獲ってほしい、と思っていただろう。

12-13シーズンに羽生が台頭してきたとき、「もう少し待って!ソチまでは高橋に花を持たせてあげて~!」 と思ったのは私だけではないはず。

 

現在、羽生結弦はオリンピック日本男子初の金メダル、SP世界初の100点台、史上2人目のGPF・オリンピック・世界選手権三冠達成、と高橋の記録を次々と塗り替え、追い越している。

しかし今後どれほど高橋の記録が越えられようとも、日本男子フィギア初の、世界歴代最高得点更新、五輪メダル獲得、世界選手権優勝、GPF優勝と、日本男子フィギア界の歴史を切り拓いてきた高橋大輔という存在が色褪せることはない。

 

※この投稿は、ソチ五輪開催期間中に別サイトに投稿したものを、高橋選手の引退報道に際し編集し、再投稿したものです。